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2024年は、4年に1回開催される世界的なスポーツイベントの年になります。さまざまな競技の日本代表が決まった、といったニュースが聞こえてくるようになった昨今ですが、今回はいわゆる「パラ」の競技が取り上げられる機会が増えてきているように思います。今回の【思い立ったが吉日】では、そんな「パラ」スポーツについて、筆者が最近感じていることを綴ってみたいと思います。
筆者は今どき珍しく、毎日朝夕刊が自宅に届くよう、新聞を取っております。そんな中で興味深く読んだ記事に、車いすテニスで金メダルが期待される若手の選手と、キックボクシングからボクシングへ種目を変更した、こちらも若いプロ選手との対談の記事がありました。若いお二人の対談らしく、
「車いすテニスをもっとメジャーなスポーツにしたい」
「だったら車いすでカッコよく動けることをアピールしてもいいのではないか」
「試合の合間とかに車いすでダンスを披露するチームのショーをやってみたり」
「いいね、いいね」
といった感じのやり取りがありました。
「パラ」スポーツへのイメージとして、どこかハンデを負った人たちのもの、というものがあるような気がします。確かにそれはそうだとは思うのですが、見方を変えると、ハンデを負っていない人にはできないスポーツ、という見方もできるのでは、とも考えます。「健常者」と「障がい者」という表現も、このご時世では果たして正しいのかどうかも考えてしまいますが、ハンデのない人のことを「健常者」と表現するのであれば、例えば車いすテニスを「健常者」がやってみようとしても、一朝一夕ではできないと思うのです。
一方で、「パラ」スポーツの陸上競技の中にも「走り幅跳び」があります。「パラ」協議としては、義足を装着した選手が競技に参加するわけですが、いつぞや、「健常者」の「走り幅跳び」の記録よりも「パラ」の選手の記録の方が上回るのではないか、それはどうなんだろう、というような論調の記事も読んだことがあります。これは筆者の見解ではありますが、そういう論調の根底にあるのは、どこか「健常者」の方が「障がい者」よりも上だ、という意識ではないかと感じます。どちらがスゴいとか、どちらが上か下かとかよりも、その競技にチャレンジして、記録を出せることがスゴい、だけでいいのではないか、と。
私たちGFCも、私たちがお届けしている商品やサービスと同種、あるいは類似のものを提供されている企業や団体と比較して、どちらがスゴいのかとか、上か下かということではなく、私たちにあるものはどれで、ないものは何か、という目線を大切にしたいと思います。そういう視点が、私たち自身の商品やサービスをより良いものに昇華させることにつながっていくと信じて。
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