【思い立ったが吉日】「慮(おもんばか)る」力。

Hands holding red paper hearts of various sizes against a white background.

GFCブログへようこそ!

今回の【思い立ったが吉日】は、例えば人気アイドルとか、有名アスリートとか、注目を集める状況に置かれた人たちに思いを馳せてみる、というテーマでお送りしようと思います。

長きにわたり、人気を保っている歌手やアーティストっているじゃないですか。テレビ番組に出演したり、ライブやコンサートを催したりして、多くの視聴者や観客を魅了し続ける人たち。同様に、スポーツの世界大会に出場して結果を残したり、残念ながら残せなかったりするアスリートの人たち。そんな人たちのことを見ていると、50代も半ばを過ぎた筆者はただただ「スゴいなあ」「かっこいいなあ」と思うとともに、「大変だよなあ」と思うのです。

筆者も10代や20代だった頃は、そんな人たちに憧れて、あんなふうになるにはどうすればいいのかな、などと考えていたこともあります。それぐらいの年代の頃って、まだ自分が何者でもないだけに、何者にもなれるような気がしているものだと思います。それがいつの頃からか、40代、50代と年齢が上がるに従って、何者かになったかどうかも定かではない中、何者にもなれるわけではないことを認識していくものだと感じています。

前述のような歌手やアーティスト、アスリートの方々は、言ってみれば「何者か」になれた方々。そりゃあ「スゴい」「かっこいい」と思ってしまいますよね。

一方で「大変だよなあ」と思うのは、そんな「何者か」になったことで人々の注目を浴びることになり、結果を期待されるようになるからです。時には、その結果が出て「当たり前」のように思われることもある。そんな人々の期待に応えるため、「何者か」になって注目を集めるようになった人たちは、相応のプレッシャーだったり、苦悩だったり、重圧だったりを感じていることでしょう。この「プレッシャー」や「苦悩」や「重圧」と同じものを体験したり、経験することは筆者のような凡人には到底できることではありませんが、慮ることはできるような気がするのです。

これ「慮る」ことができる力を、筆者は「想像力」と呼びたいと思っております。

「想像力」があれば、人を思いやれるし、優しくもなれる。若い頃には想像できなかったようなことが、想像できるようになったことで、筆者は自身がアップデートされたような感覚になっています。そういう意味では、少しだけ「何者か」になれたような気もします。

私たちGFCも、お客様を「慮る」ことができるよう、日々精進を続けていきたいと決意を新たにしております。

GFCのホームページはこちら

GFCへのお問い合わせはこちら

コメントを書く