【思い立ったが吉日】「料理は科学(化学)」なのか?

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このブログを長くお読みいただいている方はご存知でしょうが、筆者は自炊を好んでします。「料理は科学(化学)だ」なんていう言い方を耳にしたこともありますが、今回の【思い立ったが吉日】は、そんな「料理は科学(化学)だ」な体験をした話でまとめようかと思います。

自炊は好きではありますが、あまり再現性がない料理ばかり作っている次第です。というのも、調味料は全て「だいたい」「目分量」だから。醤油や料理酒、みりんは家庭用の中でも比較的大きな瓶のものを使用していますが、使う時には概ね蓋を開け、「ドバッ」と出た分だけ使うというスタイル。なので、自炊を始めて初期の頃はいつも「味が濃い!」と自分で思ったものでした。

人間というものは、失敗を繰り返して成長するもの。なので、だんだんと「ドバッ」と出た分を「豪快に」ではなく、「ちょっとだけ」に調整することを覚えていきました。当たり前ですが、だんだんと自分が作る料理の味は「ちょうどいい」になっていきます。失敗をしたから「苦手」ではなく、失敗の原因を考え、理解して、次は失敗しないようにする。これってビジネスで言うところの「PDCAサイクルを回す」のと同じだな、と思う次第です。

とはいえ、同じ料理を作っても、毎回微妙に味が違うわけです。自分一人で食べる分には、その違いは「誤差の範囲」と思って食べてしまうのですが、これをじゃあお店で出す料理にするとしたら、毎回一定の味で提供できるように「再現性」を高めないといけないのだろうな、とも思います。だから料理番組では、「醤油大さじ2杯」「砂糖小さじ1杯と2分の1」などと、レシピを紹介するのだなあ、と改めて感心してしまいます。当たり前のことではありますが、そんな当たり前のことを当たり前だと認識するのに、料理をしないで「当たり前」と認識するのと、実際に料理を体験して「当たり前」と認識するのには大きな差があるのではないでしょうか。

筆者はよく、「だしの素」を使います。「鰹だしの素」「いりこだしの素」「あごだしの素」という和風のだしの素に加え、中華風に仕上げる時の「鶏がらスープの素」と、洋風に仕上げる時の「コンソメ」とを揃えています。改めて考えると、「これって全部化学調味料なんじゃない?」なんて思いますが、本物の鰹やいりこなどからだしを取っているわけではないのは間違いありません。これをもし、本物の鰹や鶏がらからだしを取っていたら、手間はかかるし、「再現性」を持たせて同じ味を提供できるようにするなんてさらに難易度が高くなるよなあ、などと頭を巡らせました。

ということは、そんな再現性を追求している飲食店やそこで腕をふるうシェフってすごくない?とも思うし、なんなら飲食店は科学(化学)実験室で、シェフって科学(化学)者じゃん?とも思うのです。だいぶ飛躍してますが(笑)。

私たちGFCも、ITというフィールドで「再現性」のあるプロダクトを生み出して、より多くのお客様に私たちのプロダクトで日々の業務が効率化できるよう、精進を続けていきたいと決意を新たにしております。

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