【思い立ったが吉日】メイクは手伝ってもらいたいものなのか。

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先日、電車に乗っていると、とあるカップルと遭遇しました。今となっては別に普通の光景かもしれませんが、カップルの女性の方が電車の中でメイクに勤しんでおられました。昔だったら「電車の中でメイクなんて」と言われたりもしたように思いますが、もはやそれも当たり前の光景なのかもしれません。さらに驚いたのは、カップルの男性の方が鏡を持ってあげて、女性のメイクをお手伝いしておられたのです。今回の【思い立ったが吉日】は、そんなメイク(お化粧)にまつわる話をしてみたいと思います。

筆者は男性なので、メイクをする機会がありません。厳密に言えば、かつて劇団に所属して座付きの脚本家をするとともに、時折、いわゆる「飛び道具」としてアニメのキャラクターに扮することもありましたので、その際にメイクはしたことがあります。しかしながら、日常的にメイクをすることはないので、メイクをお手伝いしてもらうという機会ももちろんありません。前述のカップルは、お手伝いしている男性も、お手伝いされている女性も、嬉々としておられたので、メイクのお手伝いをするのも、されるのも、楽しいものなのかしら、と不思議に思いましたが、このブログをご覧のみなさまは果たしてどうなのでしょうか。

何かをお手伝いされるというのは、ありがたいと思うこともあるでしょうし、申し訳ないと思うこともあるでしょう。昨今、流行した大相撲をテーマにしたドラマでは、後輩力士が先輩力士のお尻を拭いてあげるというシーンが描かれておりましたが、果たしてそのシーンの先輩力士や後輩力士はどんな心情だったのでしょう。先輩後輩という関係性を前提とすると、「ありがたい」「申し訳ない」で括れないような複雑な感情が入り乱れているようにも想像できますが、もしかしたらメイクのお手伝いをしたり、されたりしていた前述のカップルの間では「楽しい」という感情が大きなウエイトを占めていたのかもしれません。

お手伝いする側には、ともすると「やってあげている」という気持ちが強まることもあるでしょう。それがお手伝いされる側に伝われば、「ありがとう」という感情よりも「申し訳ない」という感情が上回ってしまうでしょう。筆者も親の介護をした経験がありますが、振り返ってみると「やってあげている」という気持ちが強かったように思います。きっと親は「申し訳ない」と思っていたであろうと考えると、今さらながら「申し訳なかった」という想いが募ります。両親とも他界してしまった今となっては、新たに何かができるわけではありませんが、これから出会う方々に何かしらのお手伝いをする際には、メイクの手伝いをしたり、されたりしていたカップルが抱いていたであろう「楽しい」という感情を共有できるようにしたい、と思わずにはいられません。

私たちGFCも、ふだんからお客様にお届けしている商品やサービスを通じて、お客様のビジネスをお手伝いしているととらえることもできます。日頃からお手伝いさせていただけていることに「楽しい」と感じられるよう心がけるとともに、お客様にも「GFCに手伝われていると楽しい」とお感じいただけるよう、全力を尽くしていきたいと思う今日この頃です。

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