【思い立ったが吉日】若い世代に「ヤンキー」が流行る理由とは。

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エンタメ情報を発信している情報サイトで見つけた記事に、「若者の間でヤンキーを扱ったドラマが流行している」というような内容のものがありました。「ヤンキー」という言葉の定義の問題もあるとは思いますが、今回の【思い立ったが吉日】シリーズは、この「若者の間でヤンキーを扱ったドラマが流行している」ことについて考察してみようかと思います。

筆者は1970年生まれなので、同世代の方々の間で「ヤンキー」と言えば、「不良」を指すのかな、と思います。その「不良」とは、筆者と同世代の方々が中高生くらいの頃に一世を風靡した「長ラン(学生服の裾がやたら長くて襟がやたら高いもの)」「ボンタン(ものすごく太いズボン)」「リーゼント(グリースと呼ばれる整髪料で髪の毛を立たせた上で額より前の方に髪を伸ばしたような髪型)」に象徴されるようなファッションを好む人たち、というステレオタイプなイメージを筆者は持っています。確かに、そんな「ヤンキー」の人たちを取り上げたドラマは、2010年代後半あたりからよく見かけるようになった印象があります。

これって、結局は筆者の世代が親となり、その子どもたちが10代後半から20代前半になってきたから流行っている、ということなのかな、と思います。親世代が好きなものを、子どもたちはなんだかんだと見たり聞いたり、触れたりするから、結果として子ども世代も好きになる、と。一時、「バブリーダンス」が流行したのも、それと同じような背景があってのことではないかとも思います。回る、回るよ、時代は回る。なんとなく、そんな歌詞の曲があったなあ、としみじみ思ってしまいます。

一方で、これも筆者の偏見に近い私観ですが、こうした「ヤンキー」の人たちは概ね、上下関係を大切にする傾向があるように感じています。良し悪しはあるとは思いますが、この上下関係を大切にするというのが、年長者を敬うという感覚が当たり前、という文化のようなものになり、先輩とはこうあるべき、後輩とはこうあるべき、みたいな常識というか、暗黙の了解というか、そういうものになってきた歴史があるようにも思います。筆者の個人的な感覚では、「いくら年長者であっても、ダメなことをしていたらダメだろう」という想いは若かりし頃から持ってはいるのですが、上下関係を大切にするのを強制されたからそうするのではなく、なぜそうせねばならないのかを考え、必要なことだからそうする、と実践していればいいのかな、と年を取った今になって、思えるようになりました。

そんな「ヤンキー」を文化として肌で感じてきた筆者の世代の人たちのことを、その子どもたちが見て、聞いて、触れて、感じる中で、子どもたち世代は強制されたからそうするわけではなく、自分たちで考えて、「いいこと」「必要なこと」と感じるからと、「ヤンキー」文化を大切にしている人もいるような気がしてなりません。若い世代は、上の世代を見て学び、時には反面教師として学んでいるとつくづく感じますが、きっとそんな子どもたち世代に「ヤンキーを題材にしたドラマが流行る」理由は、そうやって「自分たちで考えた上で、いいと思っている」からではないか、と筆者は勝手にそう思っています。

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