【思い立ったが吉日】結局は、人間だもの。

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今回の【思い立ったが吉日】カテゴリーは、時代は変わっても人はそう変わるもんじゃない、というお話しです。

私事で恐縮ですが、私の父は大正生まれの人でした。40代半ばの私にしては、ずいぶんと年を取った父親だったと思います。何しろ父親が45歳の時の子どもなもので、同世代の親とはひと回りほど歳が離れているような感じでした。

そんな父親ですので、終戦の頃を20代前半で迎えていたわけです。なので、通っていた学校も現代ではいわゆる「旧制」と頭につくような学校だったわけでして、後に聞いた話ですと「旧制高等学校」に通っていたらしいのです。

「旧制高等学校」なんて聞きなれない言葉かと思いますが、いわゆる現代の高等学校とは違っておりまして、現代で言うところの大学の一般教養課程のような教育機関だったそうです。ちなみに現代の高等学校は、旧制で言うと中等学校にあたります。高校野球が戦前は「中等学校野球大会」と言われていたことは、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

旧制高等学校の学生だった頃というのは、父親の青春時代だったのだろうなあ、と思うわけです。その頃をどんな風に過ごしたのかは、父親本人からは聞いたことがありませんので、本当のところはわかりません。でも、そんな父親の青春時代を垣間見たような気持ちになれた体験がありました。

長野県松本市に、旧制高等学校記念館という施設があります。たまたま松本の方へ観光旅行に行ったことがあり、松本城などのいわゆる観光地をいろいろと訪れていたのですが、そんな中でたまたま遭遇した施設でした。

この旧制高等学校記念館というのは、あがたの森文化会館の一角にあります。その建物は、旧制松本高等学校の校舎をそのまま利用したものだそうで、大正時代の代表的な木造洋風建築物として残されているとのこと。その風情は実に荘厳なもので、時代と歴史を感じさせてくれるものでした。

もともとは旧制松本高等学校にまつわるさまざまな資料を展示する施設だったようですが、戦後の学制改革から時が経つにつれて全国にあった旧制高等学校の資料を集めて展示するようになっていったようです。当時の学生たちが使っていたノートや教科書、愛読書などが展示されており、彼らの学生時代を追体験するには十分な資料の数々が圧巻でした。

そんな展示物の中に、「旧制高等学校の学生の寮生活」を再現した部屋のようなものがありました。古い時代の、モノクロ映画に出てくるような風情の、決してきれいとは言い難いような部屋の様子を眺めながら、何だか今とそんなに変わらないなあ、などと思っていたところに、目に飛び込んできたものがありました。

ドイツ出身の女優・歌手であるマレーネ・デートリッヒさんの写真でした。
そして、その写真の貼られた壁に、写真に向けて矢印が書かれており、その先に書かれていた言葉が、

「俺のLiebe(恋人)」

というものでした。

なんだ、現代の若い男子が女性アイドルのポスターを壁に貼り、憧れているのと変わらないじゃない。改めてそんな気持ちにさせられて、旧制高等学校に通っていたという父親もそんな風にしていたのかなあ、と思うと、大正生まれの父親が急に近く感じられた次第でした。

どんなに時代が変わろうとも、ITが進化しようとも、人間というものは結局は変わらないものである。そう考えると、私たちGFCが提供するさまざまなサービスも、人肌の温かみを感じられるものにしていきたい、と改めて思います。

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