
GFCブログへ、ようこそ!
「調子に乗る」という言葉に、皆さんはどんなイメージを抱くでしょうか。「濡れ手に粟」な儲けを得た人が泡銭をあちこちでばら撒くような、周りの人から見たら「眉唾」と思えるような行動をイメージするでしょうか。「調子に乗る」には、あまり褒められたものではない行動のイメージがあるように感じますが、そんな「調子に乗る」ことって人間なら誰にでもあることだと思えば、「眉唾」な行動を取る人のことも許せたりするのではないでしょうか。今回の【思い立ったが吉日】は、「調子に乗る」のは人間誰しも「調子に乗りたい」からではないか、という話を書いてみたいと思います。
筆者が個人的に好きな国内外のバンドには、そのバンドの長い歴史の中でボーカル&リーダーの人間が一度は必ず「調子に乗」って、バンドを離れてソロ活動に臨み、バンドでやっていたようなアウトプットができず、結局バンドでの活動に戻ってくる、というケースが多いような印象を持っています。英国のレジェンドとも言えるようなロックバンドで、1960年代から現在に至るまでバンド活動を続けている御大も然り、日本のこれもまたデビューから50年近くになるお祭りバンドのボーカル&リーダーも然り、これもまた英国の壮大な曲のアレンジで日本でもファンが多くてコピーバンドもたくさんいるヒゲがチャームポイントのボーカリストのバンドも然り、です。筆者的にはそれぞれのバンドと直接の接点があるわけではありませんが、それぞれのバンドの歴史を描いた書籍や映画などを読んだり観たりすると、大体ボーカル&リーダーが「自分一人でならもっと売れる!」と言わんばかりに「調子に乗」って、ソロ活動を始めてみたら、思ったようにはいかなかった、ということのように思います。そう思うと、あれだけ有名になった人だとしても、「調子に乗る」ことがあると考えれば、なんだかとても人間味があって親近感がわいてきませんか。筆者は少なくともそんな気持ちで、「調子に乗る」ことがあったという事実も心に受け止めた上で、一ファンとして彼らの活動を温かい目で眺めてしまうし、そんな彼らの一挙手一投足を追いかけてしまいます。
ということは結局、人間というものは「調子に乗りたい」生き物なのではないか、とも思うわけです。たとえ有名になろうとも、いつになっても有名であり続けられる完璧な人間なんておらず、時には「調子に乗りたい」からバカもやり、人から眉をひそめられるような行動を取ったりもして、場合によっては罪を犯してしまうようなこともある。それが正しいとは決して思いませんが、そんなことをやってしまうのも人間だから、と考えた方が、他人の行動や言動に眉をひそめて、自分は正論を言っていると肩肘張る必要もなくなって、心にストレスがかからずに生きていけるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
私たちGFCも、「人間とは調子に乗りたい生き物なのだ」と考えるようにして、「調子に乗る」とはどういうことなのか、どんな状況なのかを理解できるような冷静さを持ち、「調子に乗る」ことで起き得る事象を予測しながら、より品質の高いITサービスをお届けできるような企業組織になっていきたいと願う今日この頃です。
GFCのホームページはこちら!
GFCへのお問い合わせはこちら!

