【思い立ったが吉日】「マスク」はいくらが適正か。

GFCのブログへ、ようこそ!

今回の【思い立ったが吉日】は、コロナ禍でいろいろと物議を醸した「マスク」について、語ってみたいと思います。

この夏、マスク、しんどくなかったですか。私、正直、しんどかったです。何しろ、マスクをつける習慣が全くない人間でしたので、とにかく口のまわりを布で覆われること自体がものすごく違和感しかない、という夏の思い出ができました。とは言いながら、なんだかんだで近所に買い物へいこう、という時にマスクをつける習慣がいつの間にか身についている自分に気づくと、人は替われば変わるもの、という風にも感じたひと夏の出来事でもありました。

「マスクがしんどい」と言えば、供給不足になっていた時はしんどかったですよね。国が配るマスクが届かないとか、届いたら小さくて使い物にならないとか、なんだかんだといろいろ呟いていた人たちもおられましたが、何より「供給が不足すればその価格は高騰する」という、資本主義経済の原理原則を目の当たりにできた体験だったようにも思います。私の家の近所では、居酒屋さんがマスクを売っていましたからね。聞いたところ、ブローカーのような人がやってきて、卸してくれたのだとか。どんな商売にも「ブローカー」というのはいて、儲かる話となると突如としてその商材に群がり、蠢くのだなあ、と改めて思いました。私はというと、マスクはその価格高騰時にはさすがに手を出さず、近所のスーパーで売っていた洗って使える3枚組のマスクをローテーションさせていましたが、ドラッグストアで手洗い用ソープの詰め替え用が品切れになっている状態だったため、ネットで通常価格の5倍くらいで購入したことだけは、反省しております。後悔はしていないけど。

そう言えば、それ以前にティッシュペーパーとかトイレットペーパー、挙句の果てにはキッチンペーパーすら品薄になっていた時期もありましたね。オイルショックは確か1973年頃の話だったかと思いますが、あれから50年近く経っているのに、人々の気持ちや行動はさほど変わっていないのだなあ、と思わされる出来事でもありました。おそらくは、テレビをはじめとしたメディアが発信する情報のもと、行動を起こされた人が多かったのだろうと思いますが、そう考えると「情報」の取捨選択は一人ひとりがしっかりとしないといけないと思いますし、ある種のパニック状態に陥った時に自分はどう行動するのか、という指針なり、基準なりを一人ひとりが持っていないといけないのだなあ、とも感じました。

さて、そんな私は、近所の商店街でリヤカーを引きながらマスクを売っていた女性から、8月の頭くらいに50枚1000円で購入しました。使い捨てマスクで、1枚20円。これ、適正価格なんですかね? ふだん、マスクを購入していなかった私からすると、通常の価格が全くわからないもので、まあ多分安いのだろう、と判断したわけですが、どうなんでしょう。

私たちGFCも、ただただ翻弄することを目的とした情報発信に惑わされることなく、これは信ずべき情報だ、というものを取捨選択できる力を備えることで、お客様に正当な「価値」が提供できると信じ、日々努力を積み重ねていこうと決意を新たにしております。

GFCのホームページはこちら

Pocket
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを書く

名前
必須