【思い立ったが吉日】若いアボカドとの奮戦記。

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今回の【思い立ったが吉日】は、このご時世になってより一層ハマっている自炊についての話題を取り上げてみたいと思います。

私の素性をご存知で、TwitterとかFacebookとか、Instagramとかをフォローされている方はよくおわかりでしょうが、私はひたすら、自炊でつくったごはんの写真をアップし続けています。なぜ、それを続けているのかと言われるとこれといった理由はないのですが、始めた当初は「これ、つくったったで!」「こんなん、できるようになったで!」という自己承認欲求を満たすためだったように思います。結果、なんだかんだで継続し、ちょっと疲れたと思った時にひと休みしていたら、友だちとしてつながっている人の中から「最近、アップしてないじゃん」「楽しみにしてたんだけど」という声をリアルで聞く機会が増えたんですね。なんだ、意外と見てる人、いるのね、と思って、継続する気力もわいてきた、というわけです。

そんな中で、最近、とみにハマっているのが「アボカド」です。あのフニャッとした食感、たまらなく好きなんです。そしてサラダをつくるのに、とても使い勝手がいいところがとてもいい。なので、我が家の冷蔵庫の野菜室には、常時2〜3個のアボカドがストックされています。だいたいいつも、レタスとかベビーリーフとか、いわゆる葉物野菜と合わせるのですが、まず葉物野菜を手でちぎるようにして細かくしてボウルに入れ、そこへ包丁で割ったアボカドをスプーンですくって放り込みます。そこへ「魔法の調味料」などと言われているマキシマムというのをふりかけ、オリーブオイルを多めにかけて、ぐちゃぐちゃと混ぜる。これでなかなか美味なサラダの完成、というわけです。

そんなアボカドですが、まだ若いアボカドというか、熟れてないアボカドというか、そういう状態のアボカドを使ってしまった時の悲しさたるや、なかなかなものだというのをお伝えしておきたいです。包丁を入れた瞬間に「あれ、硬い!」と感じたことがあったのですが、その時はそんなに若いアボカドにやられるとはこれっぽっちも思わず、まあいいや、と切ってみたら、中にある「種」すら実の硬さに影響を受けて取れないし、スプーンですくおうとしても、皮と実の間にスプーンが入る気配もない。無理やりにすくってみたものの、ボウルでアボカドの実を潰そうとしても今度は潰れる気配もない。なんとか潰した風に仕上げたサラダを食してみると、あの大好きな「フニャッ」とした食感は一切なく、アボカドの若さに打ちひしがれるしかなかったのは、本当に切ない体験でした。以来、アボカドは購入してから数日を置いてから使う、という習慣がつきました。

私たちGFCも、若いからといって慌てて使う、ということのないように心がけていきたいと思う今日この頃です。この「若い」とか、「使う」とか、どういう意味を指しているのか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、そこは読者の方のご想像にお任せしようと思います。こんな締め方の記事も、たまにはあっていいですよね?(笑)

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