【思い立ったが吉日】「ファミリー」だからと甘えることなかれ。

GFCブログへ、ようこそ!

今回の【思い立ったが吉日】は、「ファミリー」という言葉について、雑感を繰り広げてみたいと思います。

とある大手芸能プロダクションの、「闇」なのか、「直」なのか、どっちなのかよくわからないけれど、まあそういうのってあるよね、と思ってしまうような問題について、記者会見された経営幹部の方が「ファミリーだと思っていたから」というような弁明をされていたのをご記憶されている方も少なくないと思います。その受け取り方というのは、例えば若い方であれば「何をふざけたことを言ってるの」というものだったり、私(アラフィフ)を含めた年輩者と呼ばれるような世代からすれば「言わんとすることはわかる」となったりするのではないでしょうか。

「ファミリー」とは、当然ながら「家族」の意です。「家族」とは、一般にはひとつ屋根の下で一緒に生活している人たちのことを指すのだろうと思います。前述の大手芸能プロダクションの経営幹部の方が記者会見で表現された「ファミリー」というのは、いわゆる「家族」ではないけれど、自社に所属している芸人やタレントは、まるで「家族」のようにひとつ屋根の下で暮らしているような存在なのだ、とおっしゃりたかったのでしょう。

私見ではありますが、「家族」とは「最後の砦」であり、だからこそ「甘えられる存在」でもあると思います。そんな私の私見からすれば、「ファミリー」であるからこそ最後まで守るつもりでいるし、だから甘えてきてもらいたい、というようなことを、かの経営幹部の方はおっしゃりたかったのではないかと思う次第です。しかしながら、本当に最後まで守る気があったのだろうか、と感じられている方も多いのではないでしょうか。「守る」と言いながら、実際には経営幹部の方々の方が、芸人やタレントの方々に甘えていたのではないか。私もそんな印象を受けながら、自分自身を振り返り、「家族」という存在にずいぶんと甘えてきたなあ、と改めて感じ、反省至極になっている次第です。

「ファミリーだから」という言葉を使うには、甘えている自分自身に自覚的にならなくてはいけないし、自覚的になればこそ、「ファミリー」に対して背筋を正した態度で振る舞うことができる。「親しき仲にも礼儀あり」などと言いますが、筋や道理が通らないことを「ファミリー」に向かってやってしまうようでは、「ファミリー」ではない人たちに対しても同じように振る舞ってしまうものなのだろうと思います。

私たちGFCも、自分自身が「甘えている」ことがないかどうかを常に振り返りながら自覚し、筋や道理を通していくことを大切にしていきたいと考えています。「ファミリー」という言葉を安易に使わず、本当の意味で「ファミリー」と言い合えるような関係性を構築していくことに注力することが、お客様と良好な関係を築く礎になる、と信じて。

Pocket
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを書く

名前
必須