【思い立ったが吉日】「合わせる」と「思いやる」は、似て非なるもの。

GFCブログへ、ようこそ!

今回の【思い立ったが吉日】は、「合わせる」と「思いやる」の違いについて、語ってみようと思います。

私自身の体験から思うことではありますが、仕事においても、プライベートにおいても、「合わせる」と「思いやる」は似ているようで大きく違う、と感じることが最近多くなりました。何が違うのかというと、一言で言うなら、「合わせる」は上から目線で、「思いやる」は対等な目線ということでしょうか。

具体的な例を挙げて、話してみましょう。

たとえば、仕事での場面。お客様から無茶なご要望をいただいた、とします。それに「合わせる」と、心のどこかに「こんな無茶なご要望を聞いてあげたのだから、それ相応のことをしてくれるのではないか」という期待が芽生えてきます。

ここで重要なのは、そんな期待を持っている自分の目線が「上から」になっていることになかなか気づけるかどうか、ということです。気づけないままでいると、お客様が自分で勝手に抱いている期待に応えていただけないと「どうして?」という気持ちを抱くことになる。自分がそんな気持ちになってしまったのは、自分に原因がある、と気づくことができると、それまで見ていた視野は実に狭かったのだ、と理解できるようになるはずです。

一方で、「思いやる」場合は、そのご要望が「無茶なこと」だとお客様にご納得いただけるように説明する、という行動を取ると思います。そうしないと、お客様は「無茶なこと」だと気づかずに「この人は何でも言うことを聞いてくれる」と勘違いしてしまうからです。そんな勘違いをさせないように振る舞うことこそ、相手を「思いやる」ことだと私は思うのです。

この関係性は、たとえば恋愛にも当てはまるように思います。パートナーに合わせれば、期待をするし、その期待に応えてもらえなければ、「なんで?」となる。そうではなく、思いやることができれば、「それは違う」とちゃんと言える。どちらが良好な関係を築けるかは、一目瞭然ではないでしょうか。

私たちGFCも、お客様との関係をより良好なものにするために、「合わせる」のではなく「思いやる」ように努めたいと思います。それが真のパートナーと言える関係だと、私たちは信じています。

Pocket
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを書く

名前
必須