【思い立ったが吉日】バタ足、するようになりました。

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今回の【思い立ったが吉日】は、久しぶりにスキューバダイビングネタでいきたいと思います。

このブログを継続してご覧いただいている方の中には、私が宮古島に行ってスキューバダイビングに挑戦し、海面で溺れ倒しながらもオープンダイバーというライセンスも取得して、その後はダイバー生活を満喫しているという話をお読みになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。過去の記事をご覧になりたい方は、「思い立ったが吉日」カテゴリーを選択し、「宮古島珍道中」とタイトルのついた記事を選択いただければと思います。

記事を書いた後、実は結構な頻度で宮古島へ渡航し、スキューバダイビングに興じていました。おかげで総ダイビング本数は50本前後まで達し、インストラクターにベタ付きでガイドをされなくても、普通にバディを組んだ人と二人で潜行し、深いところまで潜れるようになりました。

しかしながらこのレベルまで行き着くまでには、ものすごくたくさんの「気づき」がありました。たとえば潜行する際にマスク(ゴーグル)の中へ水が入ってくることは当然ながらあるのですが、ダイビングを始めた頃はそれだけで慌ててしまって、海面で溺れてしまっていました。それが「当然のこと」と受け止められるようになると、ライセンスを取得する際に教わった「マスククリア」と呼ばれるマスクに入ってきた水を外へ出すスキルを駆使して、落ち着いた対応ができるようになる。ダイビング上級者の方からすれば笑ってしまうような話ではありますが、そういう気づきが得られることで落ち着いた対処が可能になり、平常心を保つことができるようになって、深いところまで潜れるようになり、自身の上達を体感できる、というのがダイビングの醍醐味だと感じている次第です。

さて、そんな私がまだダイビングの本数も数えるほどで、経験の浅い頃にやたらと海面で溺れていたことがありまして。しかしながら、とあるインストラクターの女性に誘導されると、なんだかんだで水深10数メートルのところまで潜れた、ということがありました。自分としては「潜れた!」と喜び勇んで船に上がったのですが、そんな私をインストラクターの女性は叱ったのです。

「ずるい。私が手を貸すと、バタ足しなくなる」

そんな指摘を受け、私はかなりの衝撃を受けました。無意識にバタ足をしなくなっていたことに対しても衝撃でしたが、その言葉を聞いて、私は人生そのものを振り返ってしまったのです。「もしかしたら、今までの人生で誰かに手を貸された時、無意識にバタ足をしなくなっていたかもしれない!」と考えると、思い当たる節がいろいろとありました。「バタ足しなくなる」と言われた瞬間、どこともなく頭に浮かぶこれまでの出来事とそこに関わった人たちに対して「ごめんなさい」と謝るしかなかったことを、鮮烈に覚えています。

ひとしきり謝った後、じゃあどうするか、と考えて取り組んだのは、一言で言えば「自分でできることは、やる」でした。簡単なことではありますが、明日に回すと明日がしんどくなるであろうことは、それまではそれでも明日に回していたところを、とりあえず今日やってしまう、といったような。できるだけそういう基準で行動をしていたところ、次第にそれが当たり前になり、自然なことになっていきました。まだまだ自分に対する甘えを感じる場面はありますが、そう感じた時には気づいた時には反省し、それ以降はそうならないようにするにはどうするかを考え、実践するよう心がけています。

私たちGFCも、自らの行動が「甘え」になっていないかどうか、を常に振り返りながら、自らを律するという姿勢を大切にしながら、お客様へのサービスを提供していきたい、と改めて決意した今日この頃です。

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