【思い立ったが吉日】高校野球の指導に見る、時代の変化。

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今回の【思い立ったが吉日】は、私の好きな高校野球ネタでいきたいと思います。

前にもこのブログで書いたことがあるような気もしますが、私は高校野球が大好きです。小さい頃から、少なくとも記憶があるところで言うと小学一年生の時から試合の中継を食い入るように見ていたように思います。一番最初の記憶は、私の地元・愛知県の代表と兵庫県の代表の決勝戦で、サヨナラホームランで愛知県代表が負けた試合でした。地元の高校が負けたのが悔しかった、という鮮明な記憶が残っています。

そんな高校野球ですが、かつては練習中に水を飲んではいけないであるとか、今では何の効果もないというような言われ方もしているうさぎ跳びであるとか、とにかく極限まで追い込むような練習を当たり前のようにやっていた時代がありました。よくテレビのバラエティ番組などで現役のプロ野球選手やOBの方々が登場し、自身の卒業した高校の練習スタイルについて言及して、それが当事者でない人たちからすると笑ってしまいそうになるくらいの過酷な練習だった、という話で盛り上がっているところをご覧になったことがある方もいらっしゃるでしょう。そんな練習は、今となってはコンプライアンスの問題であるとかいろんな要素があってできなくなっているようですが、それが公立校と私立校との差が縮まる原因になっている、などという説もあるようです。だいたい前述のような過酷な練習というのは、私立の強豪校で行われていたことが多いようですが、そんな練習ができなくなったことで差が縮まってきているのだとか。とあるネットニュースの記事では、とある高校野球の指導者のコメントとして、「過酷な練習を経験してきたかつての球児たちは、顔つきが違っていた」と紹介されていました。

かと言って、私は決して過酷な練習を推奨するつもりはありません。高校野球も、根性論だけで結果が出るような世界ではない、と私は認識しています。むしろ私は、いろんな要素がかつての時代とは変化を遂げ、指導する側も従来のやり方では結果が出るものではなくなった、と感じている次第です。つまり、指導方法を今の時代に、そして未来に向けて進化させていかなくてはいけなくなった、ということ。指導者も新しいことやものにチャレンジしていかなくては、時代に置いていかれる、ということです。

私はもう間もなく50歳に手がかかる年齢なのですが、高校野球を見ていると同年代の人たちが監督を務める高校が結構あるように思います。そんな方々の多くは、従来の指導方法のもとで高校野球を経験してきた方であり、そしてそれが今の高校生たちの指導に通用するかというとそうではない、ということも体感している方々なんだろう、と想像します。私は野球の指導にはとんと疎いわけですが、そんな方々が今の時代に合った指導方法を模索している苦労はなんとなく察することができます。そしてそんな方々のような苦労と努力を、私と同年代で社会で働く人たちももっとしないといけないのではないか、と感じる今日この頃です。

時代の流れと変化を見て、自分自身も常に進歩と進化を繰り返す。そういう姿勢を続けることで、新しい価値は生み出されるものではないか、と思います。私たちGFCも、今という時代を見て、これからの時代を読み、多くのお客様に必要とされるようなサービスを生み出せるよう努力を続け、進歩と進化を繰り返したいと決意を新たにしております。

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