【思い立ったが吉日】文学作品より、ドキュメンタリー。

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今回の【思い立ったが吉日】は、自分の最近の読書の志向について語ってみようかと思います。

私は小・中学生くらいの頃、小説を読むのがやたらに好きでした。さらには自分でマンガを描いてみたり、小説を書いてみたりということも好きでした。「マンガ家になりたい」「小説家になりたい」などと思っていた時期も、あったように思います。

そんな中、大学生になった頃から30代に差し掛かるまで、劇団の座付き脚本家をやっていた時期があります。実際に自分の創作物が舞台になって表現され、多くの観客に観てもらえるというのは、とても楽しいしやりがいも感じられたのを記憶しています。そしてそんな自分の本業は、今でも自分の中では「脚本家」だと思っています。決して「本業」では食っていないわけではありますが。

そういう私にとって、読書は相変わらず自分の中でも大事な趣味の一つになっています。しかしながらここ最近、いわゆる小説などの創作作品を読む機会は減っています。「脚本家だというなら、他人の作品に触れて刺激を得た方がいいのでは?」という意見もあろうかと思いますが、確かにその通りです。ではなぜそういう機会が減っているのか、というと、一言で言えば「あまり読む気にならないから」です。

「なぜ?」と思われる方も多いでしょうが、私自身もその理由はよくわかりません。どうしてかなあ、と自分で振り返ってみると、もともと私は人の手で創られたものよりもドキュメンタリーのような実際にあったことを伝えるものの方が好きだからなのかもしれません。テレビの番組を選ぶ際も、ドラマやバラエティーよりもドキュメンタリーやスポーツ中継を選びがちなのは、「リアル」なものの方が面白いと感じているから、という気がします。その結果、最近は好んで読む本のジャンルも、ドキュメント的なものばかりになっています。

たとえば高校野球の監督さんたちへのインタビューを集めた本だったり、野球解説者の人が現役時代から監督をやっていた間に書きためたメモを書籍にしたものだったり、あるいはテレビ局のプロデューサーが自身の企画を考える際のアプローチ方法をまとめたものだったり。そういった本の中には、たとえば筆者の名前の持つネームバリューだけに頼ってしまって中身がないような、はっきり言って眉ツバものもあったりするのですが、それでも多くの場合はその筆者が実際に体験したことをもとにしているからこそ書けるような内容になっていて、実体験だからこそのリアルさが文面からひしひしと伝わってくるのが、個人的にはとても心地よいように感じられています。

まあ筆者の方が知名度の高い方だったりする場合、ゴーストライターと呼ばれる方たちが実際には執筆しているというケースもあるでしょう。それにしてもその知名度の高い方により深く取材し、その方の経験や言葉を真摯に受け止めて執筆されているものには、重厚なリアリティが感じられるように思います。「事実は小説よりも奇なり」などと申しますが、実際に起きたことや実在の人物のことを、作品を通じて感じられるというのが私は個人的に好きなようです。

私たちGFCも、お客様が持つ課題の根本にあるものは何か、を突き詰めていくことが本質的な解決策のご提案につながると考えています。具体的な事実であったり、実際に起きていることをしっかりと捉え、感じることを大切にしていきたいと心から思っています。

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