【思い立ったが吉日】自分の当たり前は、人の当たり前ではない。

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今回もまた、「見た目」の話にいたしましょう。

このブログをお読みのみなさんは、ご自身の服装のセンスについて、自信をお持ちでしょうか。残念ながら、私はまったく自信がありません。というか、かつてはずいぶんとひどかったと思います。今はわりと、「普通の人のかっこうってこういうもん」という基準が自分の中にもできてきているので、あまり「変!」と言われるような服装をすることはなくなったかなあ、と思います。

20代の若かりし頃は、「若気の至り」そのものと言っても過言ではない考えの持ち主でした。当時は会社員で働くつもりが毛頭なく、なのでスーツなんてものを着るつもりもありませんでした。それがいろいろと事情があって会社員にならないといけなくなってしまい、スーツを選ぶことになったわけです。それまでスーツなんてちゃんと見たことがなかったので、紺とか茶色とか、いわゆる普通のスーツがどんな色合いなのかすらよくわかっていませんでした。さらには私は規格外の体格をしておりましたもので、普通の人が行くようなスーツのお店ではサイズがありません。それゆえ、いわゆる「大きい男の大きな服の店」的なところで購入するしかない。しかもその頃は、今ではわりとあちこちにお店を構えている「大きい男の大きな服の店」の代名詞のようなお店もなく、私が知っていたのは「ほぼヤンキーしか買いにこないんじゃない?」と思えるような品揃えのお店しかありませんでした。そこで購入したのは、深いグリーンのスーツとグレーでサテン地のスーツ。今思えば、あり得ないチョイスをしていたな、と思ってしまいます。

その後、しばらくしてふだんはスーツを着なくてもいいような仕事をすることになり、お客様先を訪ねる時はジャケットスタイルで出かける、というような生活をするようになってからのこと。「若気の至り」は依然続いていたようで、やっぱりいわゆる会社員の方が着るような「右習え」なスーツを着たくはない、という気持ちが強かったのでしょう。ではどんなのがいいか、というので、自分のセンスに自信を持てずにいた私は友人にコーディネートをお願いし、一緒に前述の今ではわりとあちこちにお店を構える「大きい男の大きな服の店」へ行きました。そこで友人が提案したのは、「ここに飾られているの、上から下まで一式買いなよ」ということ。なんて手抜きなコーディネートだ、と文句を言いましたところ、「お店の人がこれがいい、ってディスプレイしてるのなんだから、間違いないって」という返答。その答えに「確かに一理ある」と思った私は、本当に上から下まで一式を購入しました。その時のジャケットの色合いが、オレンジとクリーム色の間ぐらいの明るい色で、パンツは濃いめのブルー。それにボタンダウンのシャツを着れば「でっかい広告代理店のディレクター風になる」と言われ、真に受けたのを覚えています。

そんなスタイルで仕事に臨み、客先にも訪ねていく日が続きました。ある時、私の出身地である名古屋への出張があり、前述の「でっかい広告代理店のディレクター風」なスタイルで行ってきました。泊まりがけの取材で、夜には繁華街に飲みに出かけ、スナックを少し大きくしたようなお店のドアを開けました。すると一瞬、お店の中にいたスタッフやお客様が息を飲むような雰囲気となり、「あれ、一見はダメですか?」と聞いたところ、スタッフの方々はようやく来店客だと認識されたようで、「あ、い、いらっしゃいませ」と迎え入れてくれました。改めて聞いてみると、「お召し物が珍しい感じだったもので、あちらの方の方かと思いまして」とのこと。私的にはそれほど素っ頓狂な格好とは思ってなかったのでびっくりしたのですが、翌朝の出勤ラッシュの時間帯に電車に乗ろうとした時、あたりにいる会社員の方々が一様にいわゆる「スーツ!」という色合いの服装の方ばかりだったのを目の当たりにして「ああ、この街ではこの格好ですでに珍しいってことになるのね」と納得した次第でした。

自分は「こうだ」と思っていたことでも、相手からしてみると「こうではない」ということって、いろんな場面で遭遇するような気がします。自分たちの中では当たり前と思うようなことでも、そうでな人たちからは全然当たり前じゃないこともある、ということは、私たちGFCも毎日の業務に携わる中で意識しておくべきことだと改めて感じる今日この頃です。

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