【思い立ったが吉日】大事なのは「伝えたい!」気持ち。

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今回の【思い立ったが吉日】カテゴリーは、「伝える」をテーマにしましょう。

生きていると、さまざまな場面で「プレゼンテーション」をする機会があるかと思います。それはたとえば、営業職の方がお客様の企業向けにパワーポイントなどを使って行うようないわゆる「プレゼン」と呼ばれるようなものもあれば、恋人に向けてプロポーズをすることだってプレゼンテーションの一つではないか、と思うわけです。要は、人は生きている限り、人に何かを伝えるという機会は常に訪れるもの、ということです。

そしてこの「プレゼンテーション」によって「伝える」ことは、決して簡単なことではない、とも思うわけです。どんな風に伝えるのか、手段の選び方もいろいろですし、その場の空気によって同じことを同じように伝えようとしても伝わったり伝わらなかったりする、なんてこともあるのではないでしょうか。

ただ、どんな「プレゼンテーション」であっても、共通して大切になるのは、伝えたいことを伝えようとする「想い」ではないか、とも思います。

観念論のように感じる方もいるかもしれませんが、そんな方のために具体的な事例をご紹介したいと思います。少しは「なるほど」と、思っていただけるのではないでしょうか。

実は私、その昔「舞台役者」を目指していたことがあります。しかも親戚に、そこそこ名の知れた劇団の座長をやっている人がおりまして、その劇団に参加させてもらったことがありました。

ちなみにその劇団は、ロックミュージカルをやっている劇団で、歌って踊ってお芝居をする、というなかなか激しい舞台をつくるところでした。当然ながら、私もダンスの稽古をつけてもらったりしたのですが、それまでダンスなんてまるでやったことがありませんでしたし、体を動かすことも決して得意ではありませんでしたから、もう大変です。ほんの数分で息が上がってしまって、一緒に参加している役者さんたちに迷惑をかけたことを鮮明に覚えております。

まあ、そんなダメダメなエピソードは置いておいて。

そんな私でも、学生時代に演劇部などという部活動に参加していたことがありましたから、お芝居はできるだろう、と高を括っておりました。芝居の稽古に入って、よしがんばろう、と思って臨んだわけですが、これがまた鼻をへし折られることになりまして。

先ほど紹介した親戚の座長さんが演出を手がけるのですが、私がいくら一生懸命声を張り上げてセリフを言っても、「聞こえない」の一点張り。「え、こんなに叫んでるのに?」と思いながら、繰り返し同じ場面のセリフを叫ぶのですが、それでもやっぱり「聞こえない」と。「どうすりゃ『聞こえた』って言ってもらえるの?」と、半ばやけくそ気味に、お芝居をすることなんて何も考えずにただひたすら絶叫してみたところ、やっと「オッケー!聞こえた!」と言っていただけた、というわけです。

これはどういうことなのか、と後々に考えてみたのですが、結局「聞こえない」と言われていた間は、自分の中で勝手に「お芝居」とはこんなもの、というイメージをして、頭で考えながらセリフを言っていたんだろう、と思うのです。そんな自分の中で考えたお芝居のイメージなんて、芝居を観ている側の観客にとってはどうでもよくて、ただひたすら与えられたセリフを必死になって伝えよう、とする姿勢で臨まなければ観客には伝わらない、ということを身を以て教えられたような気がします。

「プレゼンテーションをしよう」「伝えよう」とした時に、「どう伝えるか」という手段のことをいろいろと考えてしまうものだと思います。でもそれはあくまで「手段」であって、「目的」ではない、ということになるのではないでしょうか。大事なのは、自分が伝えたいことを「どうしても伝えたい!」というピュアな姿勢ではないか、と思うのです。

私たちGFCも、お客様に伝えたいことがあれば、あれこれと伝えるための手段ばかりに思いを馳せるのではなく、「伝えたい!」という気持ちを大切にしながら、プレゼンテーションに臨んでいきたい、と思います。

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