【思い立ったが吉日】ジェネレーションギャップを埋めるために。

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今回の【思い立ったが吉日】カテゴリーは、ジェネレーションギャップのお話しです。

若い人とカラオケをしますと、ジェネレーションギャップを感じる今日この頃です。40代半ばを迎える私としては、1990年代の曲を聴くとわりと新しいと感じてしまうのですが、若い世代の方にとっては懐メロになるわけです。当たり前といえば当たり前の話ですが、切ない気持ちになってしまいます。

現在の若い世代の人たちは、不条理に対する免疫がないように思います。よくプロスポーツの選手で、私のような世代の人たちが話したりしていますが、私たちが中学・高校生だった頃はスポーツの練習の途中で水を飲むことはご法度でした。今ではむしろきちんと給水することが当たり前になっていますが、当時は、合理的か不条理かは別として、水を飲まないことが当たり前とされていたのは事実です。今考えれば、私たちの世代は不条理なことにたくさん直面していたのは間違いなく、不条理に対する免疫が自然と自分たちの中で醸成されていたのではないか、と思います。

「しごき」とか「かわいがり」といったものが、普通にあったのも私たちが中学・高校生の頃の話です。今ではそれが正当化される合理的な理由が一切見つからないですから「しごき」「かわいがり」と思われる行為を受けた側が不快と感じられるようなことがあれば、一気に社会問題化してしまいます。

一方で、世の中は不条理なことがいっぱいあるのも事実です。「なんでそうなるの?」と疑問に思うようなことが決まってしまったり、その取り決めに介在した人たちが何かしら不穏な動きをしているように感じられたりすることは、往々にしてあります。それを「合理的でない」「不条理だ」と、多くの若い世代の人たちは思うことでしょう。彼らはおそらく、これまでに合理的でないことや不条理なことに直面した経験が少ないため、私たちが若い頃に感じたレベルよりも、より強く感じるのではないでしょうか。

これをジェネレーションギャップと一言で片づけてしまえば、それまでだと思います。「世代が違うから、わからない」という考えで収めてしまえば、ギャップはいつまで経っても埋まらないことでしょう。

とはいえ、私自身も若い世代の人たちと仕事で接することがある時に、「どうせ言ってもわからないよね」と諦めてしまうこともあります。実際に何か思ったことがあっても、言わないでいた方がうまく仕事が回る、という実感を持ったことも少なくありません。そんな話を年の近い後輩に話すと、「諦めないで下さい」と言われたりもしますが、言ってわかりそうな人とわからなそうな人かどうかの判断はどうしてもしてしまいます。

そんなことを考えながら、ジェネレーションギャップを埋めるために私のような40代あたりの世代がやるべきことは何か、と思いを馳せますと、やはり「若い世代は不条理があることを知らない」という事実を受け止めて、そんな知らない人たちにわかるように説明するなり、理解を促すなりの努力をすることではないか、と思います。何も事細かに「これはこういうことで、こうなったからこうなんだ」みたいにくどくどと説明することはないと思いますが、彼らのことを理解するように努め、わかるように促す努力を続ける、という姿勢を持つことが大事なのではないか、と思います。

結局は、相互理解のためにどんなことができるか、を考えることが大切なんだろうと思います。大きな話になってしまいますが、そういう気持ちを持つことが、世の中にあるさまざまな争いごとをなくす方向に進められる力になるのではないでしょうか。

私たちGFCは、常にお客様のことを理解し、的確な提案ができるよう心がけています。そんな姿勢を、いつまでも忘れないように努力を続けていきたい、と思う今日この頃です。

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